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第2話|子どもを奨学金なしで大学へ。その思いが私を起業へ向かわせた。

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子どもを奨学金なしで大学へ。その思いが私を起業へ向かわせた。

前回は、このブログを始めた理由を書きました。

今回は、私が会社員を辞めて起業するまでのお話です。

私が起業した理由は、お金持ちになりたかったからではありません。

子どもには、奨学金を借りることなく、自分の行きたい大学へ進学してほしかった。

その思いが、私の人生を大きく変えることになりました。


高校卒業後、私は専門学校へ進学するため田舎を離れました。

卒業後は、産業用ロボットを扱う会社へ就職し、ロボットプログラミングや生産設備の仕事に携わりました。

毎日が新鮮で、技術を身につけることが楽しく、とても充実した日々でした。

しかし28歳の時、母が病気になりました。

田舎ではよくある話ですが、長男だった私は故郷へ戻ることを決めました。

前職と同じような仕事を探しましたが、田舎には産業用ロボットを扱う会社はほとんどありません。

そこで部品加工会社へ就職しました。

その時の基本給は16万1千円でした。


その後、20歳の頃から付き合っていた妻と結婚し、子どもにも恵まれました。

幸せな毎日でしたが、子どもが生まれてから将来のことを真剣に考えるようになります。

私が暮らしていた田舎では、高校を卒業したら就職するのが当たり前という考え方が根強く、大学へ進学する人は決して多くありませんでした。

だからこそ私は、

「子どもには、奨学金を借りずに、自分の行きたい大学へ行かせてあげたい。」

そう思うようになりました。

その頃の給料では、子どもを奨学金なしで大学へ行かせることは現実的ではありませんでした。


だからといって、すぐに独立できるわけではありません。

私はまず、

「独立するなら、今の仕事を誰よりもできるようになろう。」

そう決めました。

会社にある機械を必死で覚え、加工技術を身につけ、毎日夢中で働きました。


そして2009年。

リーマンショックで会社の仕事は激減しました。

週休3〜4日となり、給料も減り、多くの社員はアルバイトへ行くようになりました。

普通なら不安になる状況です。

でも私は、こう考えました。

「今が一番悪い時期なら、これ以上悪くなることはない。」

そして、自分に問いかけました。

「このままでは、子どもを奨学金なしで大学へ行かせることはできない。」

「自分でやるしかない。」

2010年、私は会社を辞め、起業しました。


本当は新品の機械をリースで導入したいと考えていました。

しかし、リースの審査はすべて通りませんでした。

起業したばかりの私には、信用も実績もなかったのです。

そこで購入したのが、19年落ちのマシニングセンタと25年落ちのNCフライスでした。

どちらも型落ちの古い中古機械です。

それでも、この2台が今の会社の原点になりました。

もちろん、現実は甘くありません。

起業セミナーで勉強し、事業計画も立てていました。

それでも銀行へ融資の相談に行くと、まともに話を聞いてもらえず、門前払いでした。

本当に悔しかったです。

でも、その時に心の中で誓いました。

「絶対に見返してやる。」

そう心に誓い、私は前だけを見て歩き始めました。

ここから、私の本当の挑戦が始まります。

次回予告

起業したものの、現実は想像以上に厳しいものでした。

部品加工だけでは生き残れない──。

そこで私は、再びロボットプログラミングの仕事に挑戦することになります。

その挑戦が、後の会社の運命を大きく変えることになるとは、この時はまだ知る由もありませんでした。

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