組み付け担当の人が会社を辞めたのは、新しい工場を建ててから1年ほど経った頃でした。
約1億3000万円をかけて建てた工場。
加工から組み立てまで、自社で一貫してできる会社にしたい。
そんな思いで建てた工場でした。
しかし、その中心となっていた人がいなくなりました。
工場には、組み付けの仕事で使うために大量に購入していた消耗品が残されました。
新しい工場では、3人くらいが働くことを想定していました。
それが、人がいなくなり、仕事も減ってしまった。

せっかく建てた工場なのに、動かす仕事がない。
普通なら、
「やってしまった。」
と思うのかもしれません。
でも、その時の私は少し違いました。
「加工の仕事を頑張れば、なんとかなる。」
そう思っていました。
もちろん、何も影響がなかったわけではありません。
組み付けの仕事が減ったことで、会社の利益も減りました。
そして、工場を建てるために借りたお金の返済も残っています。
今でも、毎月40万円を返済しています。
それでも、
工場を建てたことを後悔したことはありません。
当時もそうでした。
そして、今もそうです。
なぜなら、私はずっと、
「場所がなければ、仕事は取れない。」
と思っているからです。
仕事が決まってから工場を探すのでは、遅いことがあります。
「この仕事ができます。」
と言うためには、その仕事を受け入れられる場所が必要です。
自分の工場を持っている。
それ自体が、次の仕事を取るための武器になると思っていました。
実際、工場が空いていることを知った人から、
「貸してもらえませんか?」
という問い合わせも何件かありました。
貸してしまえば、家賃収入は入ります。
使っていない工場なのだから、貸した方がいい。
そういう考え方もあったと思います。
でも、私は断りました。
一度貸してしまえば、自分が使いたいと思った時に自由に使えません。
この工場は、いつか必ず使う。
そう思っていたからです。
周りの人からも、
「この工場、何をする工場なの?」
とよく聞かれました。
確かに、そう聞かれても仕方ありません。
大きな工場を建てたのに、そこで毎日たくさんの人が働いているわけではない。
自分でできる組み立て仕事があれば、たまに使っていましたが、ほとんど使わなかった期間も3か月ほどありました。
そんな工場を見ながら、
「これで良かったのだろうか。」
と考えることが、まったくなかったわけではありません。
でも、妻は、
「何とかなるよ。」
と言ってくれました。
私も、
「何とかするしかない。」
と思っていました。
組み付けの仕事がなくなったのなら、次の使い道を考えればいい。
工場そのものがなくなったわけではありません。
場所はある。
設備を入れることもできる。
人がいれば、また仕事を始めることができる。
そう考えながら、この工場で何ができるのかを模索していました。
そんな時、あることを思い出しました。
私は加工の仕事をいただいている会社に、以前、九州から人を紹介したことがありました。
その人たちは、その会社で約10年間働いていました。
ところが、そのうちの2人が会社を辞めて、九州へ帰りたいと言い始めました。
せっかく経験を積んだ人たちです。
そのまま辞めてしまうのは、もったいない。
そして、私には空いている工場がある。
そこで私は、その会社の社長に話をしました。
「九州でロボットシステムの仕事をしませんか?」
加工の会社とは別に、私の工場を使ってロボットシステムを立ち上げる会社をつくる。
そして、九州へ帰りたいという2人には、そこで働いてもらう。
そんな考えが、少しずつ形になり始めました。
考えてみれば、私は以前からロボットのプログラムや設備立ち上げの仕事をしてきました。
そして当時、私が知る限りでは、九州にはロボットシステムインテグレータの会社がまだ少なく、少なくとも私のいる地域にはありませんでした。
私はそこに、可能性を感じました。
「だったら、いち早く立ち上げればチャンスがあるはずだ。」
そう思いました。

これから先、九州でもロボットの導入は進んでいく。
人手不足が進めば、工場の自動化も必要になってくる。
そして私には、その仕事をするための工場がすでにある。
組み付けの仕事が減り、一度は使い道を失ったように見えた工場です。
でも今度は、この場所をロボットシステムの仕事に使えるかもしれない。
そう考えると、空いている工場の見え方が少し変わりました。
1億3000万円をかけた工場。
そこで行うはずだった組み付けの仕事は減り、中心となっていた人もいなくなりました。
一度は、工場が止まりました。
でも、
工場が止まったからといって、私まで止まる必要はありません。
私は、こう思っていました。
今後、九州でもロボットの導入は進む。
必ず、この工場でシステムアップする時が来る。
今は我慢だ。
そして、この空いていた工場から、
私にとって、また新しい挑戦が始まろうとしていました。

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