MENU

第10話|工場を止めなかった5か月

その日から、私は一人で工場を回すことになりました。

Aさんは突然会社に来なくなり、連絡もつかなくなりました。

最終的には辞めることになりましたが、その時の私は、ゆっくり考えている余裕などありませんでした。

目の前には、すでに受注している仕事があります。

納期もあります。

お客様を待たせるわけにもいきません。

翌朝も、私はいつも通り7時頃に工場へ行きました。

まず加工機の暖機運転を始めます。

マシニングセンタを2台。

ワイヤー加工機を1台。

一人でできる限り、機械を動かしました。

もちろん、加工だけをしていればいいわけではありません。

お客様からの電話に出る。

新しい注文が入れば材料を発注する。

図面を確認する。

CADを使う。

プログラムを作る。

段取りをして、加工する。

基本的に単品の仕事が多かったため、同じものを何時間も作り続けるわけではありません。

次から次へと段取りを変え、そのたびにプログラムを作らなければなりませんでした。

昼間は電話もかかってきます。

そのため、本当に加工へ集中できるのは、お客様からの電話がほとんど来なくなる17時を過ぎてからでした。

そこからが、もう一つの仕事の始まりです。

気がつけば、深夜。

ほぼ毎日、夜中の1時頃まで工場にいました。

家へ帰ってから食事をして、風呂に入り、寝る。

そして朝になれば、また工場へ向かう。

それを繰り返しました。

休みは、一日もありませんでした。

5か月間、休みは0日でした。

不思議なことに、

「もう無理だ。」

とは、あまり思いませんでした。

それよりも、

「これ、いつまで続けられるかな……。」

そんなことを考えていたように思います。

そんな私を助けてくれたのが、妻とパートさんでした。

平日の検査や発送準備などを手伝ってくれました。

そしてパートさんは、それまでの仕事だけでなく、CADも覚えてくれました。

私が教えると、1週間ほどで簡単な図面を描けるようになり、簡単なプログラム作成まで手伝ってくれるようになりました。

もちろん、最初からすべてうまくいったわけではありません。

CADで描いてもらった図面に間違いがあり、不良品を作ってしまったこともありました。

でも、私はパートさんを責めませんでした。

本来の仕事ではないことまで、少しでも私を助けようとしてやってくれていたからです。

その間違いを見つけられなかったのは、最後に確認する私の責任です。

誰かに仕事を任せたとしても、最後に責任を取るのは社長である自分です。

最後に責任を取るのは、自分です。

一方、お客様にも事情を隠すことはしませんでした。

一人になったことで、以前のようにロボットプログラムの仕事へ出張することもできなくなりました。

「今、一人で工場を回しています。」

正直に事情を話し、どうしても厳しい納期については、少し延ばしていただけないか相談しました。

それでも、受けた仕事はなんとか間に合わせました。

一人ではどうしても対応しきれない仕事については、以前からお付き合いのある外注さんにもお願いしました。

自分のところだけですべて抱え込まず、手伝ってもらえるところはお願いする。

そうしなければ、お客様との納期を守ることができませんでした。

一人で工場を回しているとはいっても、本当に自分一人の力だけで乗り越えたわけではありません。

妻やパートさん、そして外注先の方々。

周りの人たちに助けてもらいながら、何とか仕事をつないでいました。

「一番苦しかった日はいつですか?」

そう聞かれても、正直、今では思い出せません。

というより、

毎日が苦しかった。

それが一番近いと思います。

それでも、工場を止めるわけにはいきませんでした。

やっと仕事が軌道に乗ったところでした。

ここでお客様に迷惑をかけ、仕事を失いたくない。

そして、もう一度、妻にお金の心配をさせる生活には戻りたくない。

子どもたちを大学へ行かせる。

その思いもありました。

だから、次の日も工場へ行きました。

そして、その次の日も。

朝から深夜まで働き、家へ帰って寝る。

朝になれば、また工場へ向かう。

そんな生活を、5か月続けました。

そして、ようやく一人で工場を回す生活が終わる時がやってきます。

新しく、人が来てくれることになったのです。

普通なら、

「これで助かった。」

と思ったのかもしれません。

でも、私が覚えているのは、安心よりも不安でした。

「本当に大丈夫だろうか。」

5か月間、一人で工場を守ったからといって、そこで問題がすべて解決したわけではありませんでした。

ただ、一つだけ確かなことがあります。

工場を止めなかった。

お客様からいただいた仕事を、投げ出さなかった。

あの5か月は、もう一度やれと言われても、できるかどうか分かりません。

それでも、あの時の私には、やるしかありませんでした。

そしてここから、私はもう一度、人と一緒に会社をつくることになります。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次