5か月間、一人で工場を回す生活が続きました。
さすがに、このままずっと一人で加工を続けることはできません。
人が必要でした。
そんな時、以前から付き合いのあった加工会社の人たちのことを思い出しました。
その加工会社には、後に私の会社で働くことになる4人が勤めていました。
私は以前から、その会社へ加工の仕事をお願いしていました。
ところが、その加工会社が倒産します。
そこで働いていた4人は、その後、別の機械組み立ての会社へ移りました。
その会社では、それまで行っていた機械の組み立てだけではなく、部品加工も自社で行い、少しでも利益率を上げようとしていました。
そして平成30年。
当時、私は43歳でした。
私は4人のうち、加工を管理していた人に声を掛けました。
「うちに来ない?」
私としては、一人来てもらえれば十分でした。
Aさんがいなくなり、5か月間一人で加工をしてきました。
まずは一人。
経験のある人が来てくれれば、かなり助かる。
そのくらいの気持ちでした。
ところが、話は思っていた方向とは違う方へ進んでいきます。
最終的に、4人とも今の会社を辞め、私の会社へ来たいという話になったのです。
その話を聞いた時、最初に思ったのは、
「4人は要らないよ。」
でした。
一人欲しくて声を掛けたのに、4人です。
しかも、Aさん一人が辞めた会社に、一気に4人が増えることになります。
組み付けを担当していた人が48歳。
加工を管理していた人が45歳。
加工を担当していた二人が38歳と36歳。
私は43歳でした。
年上の人もいれば、年下の人もいます。
加工を担当していた二人は、高校を卒業してからずっと加工の仕事をしてきた職人でした。
加工経験だけを見れば、私より長いくらいです。
単品加工を中心に仕事をしてきたので、私の会社の仕事ともよく似ていました。
加工を担当していた二人は物静かで、あまり多くを話すタイプではありませんでした。
経験のある人が来てくれる。
それは間違いなくありがたいことです。
しかし、社長として私の頭に浮かんだのは、
「4人分の給料を、本当に払い続けられるのか?」
という不安でした。

一人なら何とかなると思っていました。
でも、4人となれば話はまったく違います。
それまで勤めていた会社で、どれくらいの給料をもらっていたのかも聞きました。
毎月4人分の給料を払う。
社会保険もある。
仕事が少ない月でも、給料は払わなければなりません。
正直、断ろうかとも考えました。
それでも最終的には、4人を受け入れることにしました。
今振り返っても、
「これが決め手だった。」
とはっきり言えるものはありません。
ただ、頭の中には一つのイメージがありました。
加工した部品を、そのまま自分たちで組み立てる。
加工だけではなく、その先の組み立てまでできる会社になれば、今までとは違う仕事の流れを作れるかもしれない。
何となく、
「いい形にできそうだ。」
そんな気がしたのです。
確信があったわけではありません。
将来を完璧に計算して決めたわけでもありません。
今思えば、かなり思い切った決断でした。
組み付けを担当していた人は、
「仕事は自分が持ってきます。」
と言ってくれました。
それまで勤めていた会社で行っていた組み立ての仕事を、こちらへ持ってくるという話でした。
辞める会社の社長からも、その仕事を持っていくことについて了承をもらっていました。
ただ、その仕事には一つ問題がありました。
あまり儲からない仕事だったのです。
全体的に価格が安い。
さらに、その会社では必要な加工部品を自社で作ることができなかったため、外から部品を購入していました。
その分、部品代が高くなります。
仕事はある。
売上も立つ。
でも、利益が残りにくい。
そんな仕事でした。
それでも私は、その仕事を引き継ぐことにしました。
ただし、同じやり方を続けるつもりはありませんでした。
私の会社には加工機があります。
必要な部品を自社で作ることができます。
さらに、見積もりのやり方も見直しました。
私は自分なりの計算式を作り、それを基準に値段を決めるようにしました。
加工費はいくら。
組み立てにどれくらい時間がかかるのか。
材料費はいくら。
きちんと計算して、利益が残る価格を出す。
すると、それまで儲からなかった仕事でも、きちんと利益を出せるようになりました。
この時、
仕事があるだけでは駄目なんだ。
ということを、改めて感じました。
どれだけ忙しくても、利益が残らなければ会社は続きません。
仕事を取ることと同じくらい、
いくらで仕事をするのか。
それを決めることも、社長の大事な仕事でした。
4人は一度に入社したわけではありません。
それまで勤めていた会社からの希望もあり、1か月ほど時期をずらしながら会社へ入ってきました。
機械の台数は足りました。
ただ、誰が何を担当するのかまで、最初からきれいに決まっていたわけではありません。
加工経験者だから、すぐに仕事ができるだろう。
私には、そんな気持ちもありました。
ところが、実際に仕事を始めてみると、そう簡単ではありませんでした。
使っていた機械は、同じようなマシニングセンタです。
でも、使う刃物や加工条件、仕事の進め方が違いました。
私の会社は人が少なく、納期の短い仕事が多い会社でした。
そのため、刃物は多少高価でも、できるだけ早く削れるものを使っていました。
加工時間を少しでも短くするためです。
私たちにとってはいつもの加工条件でした。
しかし、新しく入ってきた人たちには、その削るスピードがかなり速く感じたようでした。
機械が加工しているのを見ながら、
「怖い。」
と言われたこともありました。

長年加工をしてきた職人でも、会社が変わればやり方は変わります。
同じマシニングセンタでも、加工の考え方は同じではありませんでした。
教えるのは、私一人です。
4人増えたからといって、翌日から生産量が一気に増えるわけではありません。
機械の使い方。
刃物。
加工条件。
会社の仕事の進め方。
一つずつ覚えてもらわなければなりません。
そのため、生産量もすぐには上がりませんでした。
そして私は、
「本当に4人分の給料を払っていけるのだろうか。」
という不安を、しばらく抱えていました。
幸い、それまで少人数で朝から晩まで働き続け、会社にはある程度のお金が残っていました。
すぐに給料が払えなくなるような状況ではありませんでした。
それでも社員を雇うということは、
今月だけ給料を払えばいいわけではありません。
来月も。
その次の月も。
仕事が少なくても払う。
社員には生活があります。
家族もいます。
一人で工場を回していた時は、人がいないことで苦しみました。
今度は逆です。
一気に人が増えたことで、新しい悩みが始まりました。
「4人雇ってよかった。」
この時点では、まだそう思えるところまではいっていませんでした。
人が増えれば、それだけで会社がうまくいくわけではありません。
それぞれ性格も違います。
仕事のやり方も違います。
考え方も違います。
特に組み付けを担当する人とは、この先、考え方の違いに悩むことになります。
それでも、4人はもう会社の仲間です。
5か月間、一人で工場を守った生活が終わり、
今度は、
人が増えた会社を、どうやって一つにしていくのか。
新しい挑戦が始まりました。
今になって、
「もし、もう一度同じ状況になったら、4人まとめて雇いますか?」
と聞かれたら、
私はたぶんこう答えます。
「4人まとめては無理ですね。」
一人欲しかった会社に、4人。
43歳だった私は、ずいぶん思い切ったことをしたものです。
でも、この4人が入ったことで、
私の会社は、それまでとはまったく違う会社へと変わり始めました。

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