4人が入社し、会社は一気ににぎやかになりました。
前の会社の都合もあり、4人は同時ではなく、一人ずつ時期をずらして入社してきました。
それでも、以前から知っている人たちだったこともあり、会社には比較的早くなじんでくれたと思います。
月に一度くらいは、みんなで打ち合わせをするようになりました。
誰が何を担当するかについても、それほど迷いはありませんでした。
それぞれが以前の会社でやっていた仕事を、そのまま担当してもらう形です。
加工を担当する3人は、私より加工歴が長いくらいの経験者でした。
機械が変わったことで操作方法を教える必要はありましたが、加工そのものについて大きな心配はありませんでした。
ただ、私の会社は加工条件がかなり速めでした。
最初は、
「怖い。」
と言っていた二人も、2〜3か月もすると少しずつ慣れていきました。
ワイヤー放電加工機については初めてだったので、一から教えました。
こちらは半年ほどかかりましたが、気がつけば普通に仕事を任せられるようになっていました。
加工を担当していた3人については、本当に成長が早かったと思います。
私自身の仕事量も、一人で工場を回していた頃に比べれば、かなり減りました。
もちろん、
「自分でやった方が早い。」
と思うことは何度もありました。
でも、それではいつまでたっても会社は変わりません。
できるだけ任せるようにしました。
少しずつ、私自身も現場だけを見るのではなく、会社全体のことを考える時間が増えていきました。
その一方で、人が増えたことで新しい悩みも出てきました。
人が増えれば、意見も増えます。
考え方も違います。
それまでの私は、加工や納期のことで悩むことが多かったのですが、だんだん人間関係について考える時間も増えていきました。
中でも、組み付けを担当していた人とは、少しずつ考え方の違いが見えるようになっていきました。
その人は、以前から行っていた組み付けの仕事を持ってきてくれていました。
第11話でも書いたように、最初はあまり利益の出ない仕事でした。
しかし、加工部品を自社で作り、見積もりのやり方も見直したことで、少しずつ利益の出る仕事になっていきました。
組み付けの仕事は一時的に増えました。
加工から組み立てまで一貫してできることは、会社にとって大きな強みになりました。
お客様からの反応も良く、売上も一時的に増えました。
すると、今度は別の問題が出てきました。
組み立てをする場所が足りない。
最初は、会社から車で30分ほど離れた知り合いの会社の空き倉庫を借りました。
3か月ほど使わせてもらいましたが、やはり30分離れていると効率が悪い。
加工した部品を持って行く。
確認のために行き来する。
何かあればまた戻る。
これでは時間がもったいない。
そこで、会社の近くで倉庫を探すことにしました。
運よく、車で5分ほどの場所に倉庫を借りることができました。
そこで約1年半、組み付け作業を行いました。
しかし、仕事が増えていく中で、
「いつまでも借り物の倉庫ではなく、自分たちの組み立て工場が必要なのではないか。」
そう考えるようになりました。
倉庫を借りて1年ほど経った頃から、自社の組み立て工場を本格的に検討し始めました。
土地も確保することができました。
そして、工場を建てることを決めました。
かかった費用は、
約1億3,000万円。

小さな会社にとっては、大きな決断でした。
もちろん、また大きな借金を背負うことへの不安もありました。
それでも、加工から組み立てまで自社でできる会社にしたい。
そんな思いがありました。
工場が完成すると、組み付けの仕事は新しい工場で行うようになりました。
ようやく形になった。
そう思っていました。
ところが、しばらくすると、その組み付けの仕事が少なくなっていきました。
仕事を持ってきた本人は、
「仕事がなくなったら、自分で探します。」
と言っていました。
私はその言葉を信じていました。
しかし、実際には新しい仕事を探すような動きは、ほとんどありませんでした。
仕事がない。
それなら、会社として別の仕事を探さなければなりません。
私は組み付けの出張仕事を探しました。
ちょうど、人手不足で困っているお客様がいました。
「ここへ行ってもらえないか。」
そうお願いしました。
しかし、
「行きたくない。」
と言われました。

都会へ行って電車に乗るのが嫌なのだろうと思い、今度は車で行けるお客様の仕事も探しました。
それでも、いろいろな理由をつけて行こうとしませんでした。
社内には、組み付けの仕事がない状況でした。
一度ならまだ分かります。
二度目も、私は我慢しました。
しかし、三度目に組み付けの仕事を断られた時、さすがに私も怒りました。
「これは業務命令です。」
会社には、仕事を選べる時もあります。
でも、仕事がない時まで、自分のやりたい仕事だけをするわけにはいきません。
社員の給料を払うためにも、会社は仕事を取らなければならない。
それが、社長である私の考えでした。
しかし、その人がやりたかったのは、結局、今まで自分がやってきた仕事だけだったのだと思います。
私とその人の考え方の差は、最後まで埋まりませんでした。
そして、最終的に会社を辞めることになりました。
退職する時、
「自分が持ってきた仕事なので、次の会社へ持っていきます。」
と言われました。
私は少し驚きました。
個人同士で受けている仕事ではありません。
会社と会社で契約している仕事です。
しかも、もともとは利益の出なかった仕事を、こちらで加工を内製化し、値決めを見直して、ようやく利益の出る仕事に変えたところでした。
思うところはありました。
でも、これ以上やり取りを続けるのも疲れていました。
結局、その仕事については、そのまま持っていってもらうことにしました。
今振り返ると、加工を担当していた3人には本当に助けられました。
技術を覚えるのも早く、少しずつ会社の戦力になってくれました。
一方で、人が増えれば、それだけ考え方も増えます。
同じ会社で働いているからといって、全員が同じ方向を向いてくれるわけではありません。
加工を教えることよりも、
機械を教えることよりも、
私にとって難しかったのは、
人をまとめることでした。
設備を買えば、使い方は覚えられます。
加工条件も、試していけば答えが見つかります。
でも、人にはそれぞれ考えがあります。
性格があります。
生活があります。
そして、社長だからといって、そのすべてを変えることはできません。
会社が大きくなるということは、売上や設備が増えることだけではありません。
違う考えを持った人たちと、一緒に会社をつくっていくこと。
それが、社長として私が向き合わなければならない、新しい仕事になっていました。

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