MENU

第14話|止まった工場で、ロボットが動き始めた

第13話で書いたように、約1億3000万円をかけて建てた工場は、一度、その役割を失いました。

組み付けの仕事が減り、担当していた人も辞めました。

それでも私は、

「この工場は、いつか必ず使う。」

そう思っていました。

そして次に考えたのが、ロボットシステムの仕事でした。

私は以前から、ロボットのプログラムや設備立ち上げの仕事に関わっていました。

当時、九州にはロボットシステムインテグレータの会社がまだ少なく、少なくとも私の知る限り、自分のいる地域にはありませんでした。

「だったら、いち早く立ち上げればチャンスがあるはずだ。」

そう考えていました。

そして2024年夏ごろ、新しいロボットシステムの会社を立ち上げることになります。

きっかけになったのは、加工の仕事をいただいていた会社でした。

私は以前、その会社に九州から人材を紹介していました。

それとは別に、設計の外注さんも3人紹介していました。

その人たちは、すでにその会社の仕事に関わっていました。

そんな中、九州へ帰りたいという話が出てきました。

一人は、以前私が九州から紹介した人。

もう一人は、もともとその会社で働いていた九州出身の人でした。

2人とも、長くその会社で仕事をしていて、機械の組み立てやロボットプログラムの経験がありました。

「会社を辞めて、九州へ帰りたい。」

という話を聞きました。

せっかく経験を積んできた2人です。

そのまま辞めて、まったく違う仕事をするのはもったいない。

そして、私には空いている工場がある。

九州では、これからロボットの仕事が増えると思っている。

だったら、九州に新しい会社を作ればいい。

そう考えました。

私は、加工の仕事をいただいていた会社の社長に、

「九州でロボットシステムの仕事をしませんか?」

と話しました。

最初に話した時は、それほど大きな反応はありませんでした。

しかし、その会社で働いていた2人が本当に辞めて九州へ帰りたいという話になってから、相手の社長も本気で考えるようになり、話が現実的に動き始めました。

私一人で新しい会社を作るという選択肢もあったと思います。

ただ、私が紹介した人材や設計者が、すでにその会社で仕事をしていました。

それなら、自分だけで新しい会社を作るより、一緒にやる方が現実的だと考えました。

新しい会社では、加工の仕事をいただいていた会社の社長が代表取締役。

私は取締役になりました。

私も資本金を出資し、九州側で営業をしながら、ロボットプログラムなどの現場仕事も担当することになりました。

九州へ帰りたいと言っていた2人にも、新しい会社で働かないかと話しました。

2人は喜んでくれました。

そして実際に、新会社へ入社しました。

現在も、ロボットシステムの仕事で頑張ってくれています。

新会社には、私の加工会社が持っている工場の一部を使ってもらうことにしました。

賃貸契約を結んで家賃をもらう形ではありません。

工場の一部を共用する形で、無償で使ってもらっています。

もともとは組み付けをするために建てた工場でした。

それが今度は、ロボットシステムを作る場所になろうとしていました。

実際、私が新会社でやっていたのは、取締役という肩書きだけの仕事ではありません。

営業。

ロボットプログラム。

お客様がイメージしている設備を、どうやって形にするかというシステムの検討。

人材管理。

機械の組み付け。

資料作成。

必要なことは、できるだけ自分でやりました。

新会社を始めるからといって、大きな設備投資が必要だったわけではありません。

工場はすでにあります。

必要なものも、ほとんどそろっていました。

実は私は、いずれロボットシステムの仕事をするつもりで、ロボットのシミュレーションを行うためのソフトも準備していました。

そのソフトには、

約600万円。

すでに投資していました。

1億3000万円をかけて建てた工場。

そして600万円をかけて準備したソフト。

その時すぐに役に立たなくても、

「いつか使う時が来る。」

そう思って準備してきたものが、少しずつつながり始めました。

ただ、

会社を作れば、すぐに仕事が来る。

そんな簡単な話ではありませんでした。

最初は新会社としての仕事がなかったため、代表の会社から仕事の一部分をもらいながらスタートしました。

私は、それまで14年間、九州で加工の仕事をしてきました。

その間に知り合った会社や、お客様とのつながりがあります。

そのつながりを使って、

「ロボットで自動化しませんか。」

と営業して回りました。

人手不足に悩んでいる会社は多く、ロボットに興味を持ってくれる会社もたくさんありました。

話を聞いてもらえる。

興味も持ってもらえる。

でも、

実際に金額を伝えると、そこで話が止まってしまう。

そんなことが何度もありました。

ロボットを導入したい。

人手不足も何とかしたい。

でも、実際に自動化設備を作るとなると、それなりの金額がかかります。

興味を持ってもらうことと、実際に仕事として受注することは、まったく別でした。

それでも営業を続けました。

そして、ようやく大きな仕事を受注することができました。

その設備は、パレットに積まれた箱をロボットが一箱ずつ取り出し、次の設備へ投入するものでした。

その後、完成した製品を箱ごとに取り出し、完成品用のパレットへパレタイズしていく。

一連の作業を自動化するロボットシステムです。

簡単な内容ではありませんでした。

そして、その設備を立ち上げた場所が、

あの1億3000万円をかけて建てた自分の工場でした。

社員たちも頑張ってくれました。

工場の中で設備を組み上げる。

ロボットを動かす。

プログラムを作る。

何度も調整する。

そして完成した設備をお客様のところへ持っていき、立ち上げました。

その時、お客様から言われました。

「こんなにスムーズに立ち上がったのは初めてです。」

さらに、

「九州の他の会社とはレベルが違う。」

と言っていただきました。

相手は上場企業でした。

その会社からは、その後も頻繁に仕事をいただいています。

この時、

「これはいけるかもしれない。」

と思いました。

でも、それ以上にうれしかったことがあります。

自分の工場の中を見ると、

そこにロボットがいました。

社員たちが、その周りで作業をしている。

ロボットのプログラムを作り、自動化設備を組み上げている。

一度は仕事が減り、ほとんど使われなくなった工場です。

第13話の頃、私は、

「今は我慢だ。」

と思っていました。

今後、九州でもロボットの導入は進む。

いつか必ず、この工場でロボットシステムを立ち上げる時が来る。

そう思っていました。

それが、本当に現実になりました。

止まっていた工場で、ロボットが動き始めました。

自分の工場にロボットがいて、社員たちが自動化の仕事をしている。

私は、その光景を見ていることが本当に幸せでした。

周りの人たちは、ロボットシステムの仕事そのものをあまり知らなかったので、

「すげー。」

と言っていました。

一方、もともとの加工会社も止まってはいませんでした。

そこには新しく、21歳の親戚も入りました。

加工を担当する社員は4人になり、私がずっと現場にいなくても仕事を任せられるようになっていました。

私が仕事を取ってくれば、みんながきちんと加工してくれる。

以前の私なら、

「自分でやった方が早い。」

と思っていたかもしれません。

でも、少しずつ人に任せてきたことが、ここで生きてきました。

また、新会社がロボットシステムの仕事を受注すれば、その設備に必要な加工部品を、自分の加工会社で作ることもできます。

ただ、新会社を始めたことで、もともとの加工会社に新しいお客様が増えたわけではありません。

実際、新会社をきっかけに、もともとの加工会社と新たに取引が始まった会社は、今のところありません。

それでも、加工の会社とロボットシステムの会社、二つの会社に関わることで、私自身ができる仕事の幅は大きく広がりました。

現在、新しい会社では、

ロボットシステムの設計・製作・立ち上げ

を行っています。

そして私自身も、今では仕事の8割くらいを新しい会社に使っています。

新会社を始めてから約2年。

営業も続けてきました。

まだまだですが、九州では少しずつ会社のことを知ってもらえるようになってきたと思います。

でも、

ここまで来て、

「成功した。」

とは思っていません。

私の中では、

まだ途中です。

これからも、まだまだ頑張らなければいけません。

ただ、会社をどんどん大きくしたいかと言われれば、そうでもありません。

今は、会社を大きくすることだけが目的ではないと思っています。

振り返れば、一人で始めた町工場でした。

加工をして、

プログラムを作って、

検査をして、

納品して、

営業をして。

人を雇いました。

人が辞めて、一人で工場を回したこともありました。

5か月間、休みなく働いたこともありました。

一度に4人を雇ったこともありました。

人に任せることも覚えました。

人をまとめる難しさも知りました。

そして、

1億3000万円をかけて建てた工場から、仕事がなくなったこともありました。

それでも、その工場を手放しませんでした。

一度は仕事がなくなり、ほとんど使われなくなった工場。

それでも私は、その工場を手放しませんでした。

「今は我慢だ。」

いつか、この工場でロボットシステムの仕事をする時が来る。
そう思っていました。

そして今、

止まっていた工場で、ロボットが動いています。

あの時の判断が正しかったのかどうか。
それは、今でも分かりません。

ただ、一つ言えるのは、

あの工場は、無駄ではなかった。

一人で町工場を始めた時、今の姿は想像していませんでした。

人を雇い、人が辞め、工場を建て、仕事がなくなり、そしてまた新しい会社を始めました。

何が次につながるのかは、その時には分からないものです。

そして今の私も、まだ途中です。

会社をどんどん大きくしたいとは思っていません。

でも、新しい仕事には、これからも挑戦していきたい。

おっさんの挑戦は、まだ続きます。

最後の一文、私はかなり好きです。

「おっさんの挑戦は、まだ続きます。」

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次